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zoom RSS ときめきメモリアル狂奏曲2・PS1から複数プラットフォームへの全盛期

<<   作成日時 : 2017/07/24 22:58   >>

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(第二楽章からの続き)
第三楽章 PS1上陸と空前絶後のブーム到来
1995年10月19日、当初予定より半年発売延期を経てときめきメモリアルは「ときめきメモリアル ~forever with you~」として当時の次世代新鋭ハード・プレイステーションへ移植される事になりました。
PS1版ときめきメモリアルの変更点は
1・美樹原愛と早乙女優美を除き、ヒロインの登場判定が1年目5月から3年目4月第1週の平日のみ(夏季・冬季・春季休暇も判定なし)となり、藤崎詩織の攻略が遣り易くなった
2・最終年次の1・2月は爆弾が爆発しなくなった(但しこの措置は1作目限りとなった)
3・イベントが増加した
4・ミニゲームも充実した
5・バッドエンドの「女々し野郎共のテーマ」が条件付きで歌付きとなった
で、正に至れり尽くせりの内容となった反面、キャラクター追加の予定が見送られたのは残念で、同時に同級生偏重を是正していたら、ときメモの歴史は違っており、衰退したにせよ史実程酷くは無かったかも知れません。
PCエンジン時代に大反響を受けていたので、アーケードゲームやプライズ等のグッズ展開を広げ、忽ち社会現象になり、他社でもギャルゲーが開発される程のギャルゲーブームを巻き起こしました。

第四楽章 暗雲の始まり
ときメモPS1版の大反響の影で、本来の産みの親で初代最高責任者だった永山義明プロデューサーがPS1版発売前に病気になりコナミを退社し、最高責任者の後任に三品善徳氏が着任しました。永山元PDだけでなく、当時オリジナル版を作ったスタッフは既に異動や退社等で散り散りになり、ときメモの魅力を知る者が少ない事態が起き、この事が後々のスタッフとユーザーとの不協和音の遠因となり、更にユーザーの意見や要望に耳を傾けないコナミの体質が更に悪循環と拍車を掛ける事となりました。
そのコナミの体質を表したのは、メモリーカード改竄事件や同人誌の発売禁止措置で、この頃はコナミも業績が回復し、力を付けてきた時期と言えました。
そして、セガサターンやスーパーファミコン等プラットフォームが拡大するも、マスコミのネガティブキャンペーンでユーザーや作品を守る処か、肝心の三品PDすらときメモのヒット要因はゲームではなくキャラクターと誤認する様になり、金貨や抱き枕等更なる商売の暴走へと繋がり、やがてこの暗雲はスタッフとユーザーとの亀裂と溝を作る事となりました。
第五楽章へ続く

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